( 無 題 ) 



by
玲於





――――大切な物を見失ってはいけませんよ


何処かで聞いたことのある台詞
そんな台詞を何処で聞いたのか?
それは忘れたけれど
その台詞は忘れられない
   春

道ばたに咲く花が 春の訪れを感じさせてくれる

「嗚呼、もうつくしが生えてる」

こんな些細なことで 幸せになる 

「綾瀬君?」

彼女の声を聞き、はっと顔を上げる
目の前には不思議そうに僕を見つめてる彼女の顔が有った

「何してるの?」

彼女は少し微笑んで僕を見た

「いや、もうつくしが生えてるなーって思って」

僕も微笑んで言った
すると彼女が僕をじっと見つめて
もう一度にこりと笑った



   夏

ジジジ..... 虫の声で溢れている
少し煩いな、と思うくらいが丁度良いのかも知れない

「暑いな...」

Tシャツを脱ぎ捨て 昔のように 川に足だけ付ける

「...暑いね」

にこりと笑っている彼女の顔がまた。

「うん」

彼女は僕の隣に座り、手を川の水に触れさせた
水がぴちゃっと手の甲に跳ねた

「はは、未だ少し冷たいね」

そう言って笑った



   秋

寂しいな、と強く思わせる季節。 嗚呼...
大切だ と思える彼女にも 大切な人が居る と思う
彼女にとって 僕は 只の友達
僕にとって 彼女は 愛しい人
この空白は誰にも埋められないと 直感で分かった

「あ・や・せ・く・んっ!」

彼女の声で今まで空想に耽っていた僕が吹き飛ばされる

「・・・何?」

嗚呼、嫌だ。
何故素直になれないのだろう と 自爆

「綾瀬君いっつもぼーっとしてるね」

「ん・・・そうかな」

「そうだよ」

彼女の微笑みに攣られて 僕も微笑む

「綾瀬君 笑ってた方が 格好いいよ」

彼女はそう言い残し、笑顔で手を振って行ってしまった。
引き留めた方が良かったのか
今でも分からないけど 僕は引き留めなかった

いや、 



 引 き 留 め ら れ な か っ た 。



      冬

玉砕覚悟で 彼女に告白しようと 決意した
もう僕には 彼女以外 失う物なんて 何も無い
そう 分かった上での 告白だ

「綾瀬君?用って何?」

「俺は蝶璃が好きなんだ」

嗚呼、言ってしまった
次の彼女の言った言葉で 僕は終わるんだ
少し安堵の気持ちも有る いつも緊張していたから

「・・・本当なの?罰ゲームとか嘘告とかそんなんじゃないよね?」

彼女の面持ちは困惑の色が多かった

「・・・本気だよ」

「・・・」

彼女は黙りこくってしまった
やっぱり・・・ 結果は分かっていた

「あたしさ....病気なんだ。だから彼氏も作らないって決めてるんだ...ごめん」

・・・病気?
そんなの聞いてない

「何・・・・・・の・・・病・・気・・・?」

「心臓の病気なんだ。このごろ悪化してきてさ。もう長くもないんだって」

そう語る彼女は 心なしか けなげに見えた

「長くないんだったら その時まで 幸せになっていれば良いじゃないか」

「大切な人を作っても いきなり死んでしまって 失ってしまうのが辛いの!」

悲鳴に近い 訴えを 僕に 涙を零し 言った

「分かるでしょう?大切な物をそう簡単に失ってしまう時の気持ち!!とても絶望的なのよ!!」

自分に言い聞かせているようにも聞こえてくる。
・・・何とか彼女を救えないか


分かっている 分かってる



    無 理 だ っ て 事 は    




     また春



彼女は未だ身は持つ様だ 相変わらず あの日から
彼女の顔は やはり何処か 寂しげに見える
あの日 僕は多分 振られた んだろう。

『綾瀬君!』

そう彼女から声を掛けられないのか、と考えると 少し 後悔する
彼女の周りには やっぱり 男がまとわりつく
彼女のFANなんだろうと勝手に誤解しているが
その中に 彼氏が居るのかな、とも錯覚してしまう。

「あ、あやせく・・・」

彼女が微かに僕の名前を呼ぼうとした
でも彼女の何処かが 僕を呼ぶのを拒否したらしく
身を硬直させ 僕から視線を逸らす

「覚悟してたんだけどなあ・・・」

ふ、と自分を嘲笑い 彼女に踵を返し また歩き出す
嗚呼、僕は大切な物を失ったのか と思うと悲しい様で寂しい

「あ........綾瀬君!!!!」

聞き慣れた声 僅かに香る 彼女の香水

「ご...ごめんね!!」

「何が?」

僕は少し彼女から遠く離れた所に視線落ち着かせる

「避けちゃって...ごめん」

「嗚呼、気にしないでよ。俺振られたんだからさ」

すると彼女はふるふると頭を振る

「御礼言わなきゃって思って...大事なことに気づかせてくれた....ありがとう綾瀬君」

彼女がにこっと微笑むと 彼女の周りに居た 男の1人が彼女を呼んだ

「あ...ごめん!彼が呼んでる!」

そう言って幸せそうな笑みを見せ、僕にこういった

「綾瀬君もいい人見つかるよ!好きって言ってくれて有り難う!!」

嗚呼、そう言うこと言われたら 君が居なくなる時 僕は.....



      春 下旬
 
春も終わりに近づいてきた日 急に彼女は逝った
他の人から 聞いた話だが
心臓発作だったそうだ 可哀想に
逝く3日前に 入院していたらしい
発作の時は苦しかったろうに 逝った時の彼女の表情は とても安らかだった、と聞く。

「綾瀬 蒼戯さんですか」

「え?あ、はい」

とても間抜けな返答を返してしまった相手は 紛れもなく あの時彼女を呼んだ男
・・・つまり彼女の彼氏、と言うことか
そう頭の中で整理している途中に 彼が言葉を発した

「雫から聞いてました。あ、宮城 亮祐と言います」

雫....彼女の下の名前.....

「貴方と付き合えたのは 綾瀬君のおかげだ、って何時も僕に言ってました」

彼は 少々 目が赤かったが 微笑んでいた。


    ま る で 彼 女 の 様 に 。


「僕もあまり綾瀬さんの事知らなくて...」

「そりゃそうですよ。僕地味ですもん」

そう自分を貶して 自分を嘲笑う
なんだか 泣きたい気分になった

「本当に有り難うございました。雫と僕が付き合えて 
此処まで幸せに来られたのは綾瀬さんの御陰です」

「そんな事無いですよ。」

僕は最後まで 強がろうと決めた

「人々の出会いは偶然では無く 必然であるんです。貴方と彼女が出会い、お互いに惹かれ合い、
付き合うのも必然であったと言うだけです。僕は何もしてませんよ」

少し微笑んで遠くを見つめた
嗚呼、きっとあそこに彼女が居るんだな、と言う気持ちを抱きながら。




              End.....